愛を乞うひと 角川文庫480

 

著者:下田治美 しもだはるみ

1947年東京生まれ。

エッセイスト、小説家。

 

P292

 わたしね、いつかお母さんが言ってた言葉が忘れられないの。愛乞食、といったでしょう。愛乞食になって母親から愛を乞うた、と。なんてせつない言葉・・・いまでも涙がでちゃう。

 そのときわたしが、「おかあさんは、母親から愛されることに失敗した子どもなんだね」といったの、おぼえてる?おかあさんは、「愛乞食から強盗者にまで堕ちてあがいたけど、失敗したのね」と寂しそうに笑ったんだ。

 わたし、子どもを愛乞食にさせる母親なんて、最低だと思った。母親の資格がないと思ったよ。子どもは親から愛されてあたりまえだもの。

 ねえ、おかあさん。

 わたしはおかあさんにもおとうさんにも祝福されて生まれたんだよね。でも、おかあさんが生まれたときは、どうだったのかしら?おじいちゃんはぜったい祝福したわよね、おかあさんの誕生を。でもおばあちゃんはどうだったのかしら。口ではきついことをいっても本心ではやっぱりうれしかったのかしら、それとも口のとおり欲しくない子どもだったのかしら。

 わたしね、おかあさん。

 それを確かめたいの。世のなかに、出産する当の母親から祝福されずに生まれる子がいるなんて、耐えられないのよ。自分は望まれて生まれた子だ、という誇りだけで、子どもって生きていけるんだよ。