カルトの正体。宝島社文庫562

 

別冊宝島編集部編

著者:服部雄一 はっとりゆういち

1949年生まれ。

東京理科大学非常勤講師。セラピスト。

 

P265

 乖離は低学年になるほど強いです。おなじほっぺを叩くのでも、生まれて半年の子どもと五歳の子、十歳の子を叩くのでは効果が違う。生まれて半年ぐらいの子どもに何度か平手打ちをしたら、すぐに乖離します。苦痛を感じないように、自分と苦痛との関係を断ち切る。だから、同じ虐待でも子どもの年齢、回数を考える必要がある。年齢が高くなれば、殴られても耐性が強くなりますから。

 

P266

 あまりひどい虐待を受けると、記憶がなくなります。別の言い方をすれば、虐待のひどさは、本人が覚えているかどうかがポイントとなる。虐待体験の記憶があれば大丈夫です。僕らはたいてい、子どもの頃にイタズラをして父親にぶん殴られた経験があるでしょう。あの程度の体験ははっきり覚えているし、心理障害にもなるわけでもない。

 僕の経験ですが、自分の親を尊敬していると言う子どもがいた。ところが、その子は親からひどい虐待を受けており、虐待の記憶が失われていた。その子は親との楽しい体験だけを覚えていたのです。だから、本人は親を尊敬していると言えた。

 

P274

 この方は三、四歳の頃からエホバの母親によってやられているんですよね。子どもの頃に受けた虐待体験は乖離していると思います。虐待に対する怒りと苦痛が「心の部分」となって、彼女に子どもを叩かせるのです。本当に乖離していれば、子どもを叩いているときの記憶がなくなるはずです。気づいたら子どもを叩いていたなどの体験があってもおかしくない。自分の意志ではコントロールできないはずですから、こういう人に虐待はよくないと批判しても意味がない。

 人間は自分が扱われたように子どもを育てます。愛情たっぷりに育てられた人は、同じように子どもにたっぷりと愛情を注ぐ。虐待された人は、同じように子どもを虐待するのです。

 虐待するもう一つの理由は、子どもらしさに対する憎悪です。虐待されたのは、自分が子どもだったからです。つまり、子どもらしさゆえに虐待を受けたわけです。彼女たちには子どもらしさは許されなかった。だから、それを自分の子どもが持つことを許せないのです。そのために、小さな子どもに過度の要求をする。口のきき方から礼儀作法まで、大人のようにしないと、つい叩いてしまう。自分の子どもが子どもらしさを見せるとカッとなるのです。

 彼女は自分の中にある怒りや悲しみに目を向ける必要があります。カウンセリングで子どもの頃に受けた心の傷を見つめ、自分の体験と感情を整理するのです。乖離した記憶と感情をはっきりと認識すれば、彼女は子どもを叩かなくなると思います。