凍りついた瞳が見つめるもの 集英社文庫400円
椎名篤子:編
1955年足利市生まれ。
「子ども虐待を考える会」を主宰し、虐待に実際に対応・援助できる人々の全国的ネットワーク作りを推進中。
P9 はじめに
「大人になった被虐待児」から、たくさんの手紙を受け取るようになったいきさつについては、少し長い説明がいる。
話は、私が1993年1月「親になるほど難しいことはない」(講談社刊)という本を出版したことに遡る。内容は、子ども虐待の実態をノンフィクションの立場からレポートしたもので、医師の目を中心に据え、虐待をする親とその子ども、その人たちを援助した保健婦、看護婦、ケースワーカーたちの姿を8つの話にまとめたものだった。
その本が出てからしばらくして、集英社のレディーズ・コミック「YOU」編集部から突然電話があった。「じつは、漫画家のささやななえさんが、『親に・・・』をぜひ漫画化したいとおっしゃっているのですが」と、担当編集の方が言う。子ども虐待を漫画化する?依頼を聞きながら、絵にするにはなじまないテーマではないかと思った。すぐには答えは出なかった。
しかし、漫画なら、事例や病理を分かりやすい形で表現でき、読者の家庭のテーマのテーブルまで届けることができる。ガンやエイズが多くの情報によって予防されてきたように、子ども虐待についても漫画で情報を送り、問題意識をもってもらえれば。日を追って、漫画化はとてつもなくよい方法だと思うようになっていった。「YOU」の読者層は、結婚適齢期の若い女性から乳幼児を子育て中の母親が中心だという。育児の負担が大きく、虐待を起こしやすい時期のお母さんも読んでくれそうだった。ささやさんの作品にも大いに好感を持ち、漫画化の決心をした。
1994年9月号からスタートした連載(漫画タイトル『凍りついた瞳』は、1話を前後編に分けたものを含めて計10回に及んだが、連載と同時に大きな反響が起こった。「私も虐待された」という自分の体験を綴った手紙が、それこそ山のように届いたのである。
手紙の内容はある傾向を帯びていた。「大人になっても、親に虐待された記憶に苦しめられています。愛してくれるはずの親に拒否され、何度死のうと考えたか知れません。私のこの体験を世の中に発表し、これ以上虐待される子どもを作ることを止めさせて欲しい」。暴力や言葉などによる虐待に加え、性的な暴行を受けた体験も、何人もの人が実名で書いてきてくれた。
深く悲しい思いを耐え忍んできた「大人になった被虐待児」の声。手紙の山を前に、私は言葉を失った。