児童虐待 中公新書699

 

著者:池田 由子 いけだよしこ

1947年、東京女子医学専門学校(現東京女子医科大学)卒業。

医学博士(専攻:精神医学)

日本大学講師、国立精神神経センター名誉所員。

 

P206 虐待の真の姿は

 まず、わが国では、一部の発展途上国に見るような貧困や婦女子の人権無視からくる児童虐待はへってはいるが、親個人の精神病理や、家族の病理からくる児童虐待は増えている。

 いわば「欧米型」「文明国型」の児童虐待が社会や家族の変化に伴って増加しているのである。

 第二次大戦に敗れて以来の急速な社会・家族の変化、たとえば、工業化、都市化、それに伴う過密・過疎地帯の偏在、核家族化、働く女性の激増、離婚率の上昇、とくに結婚後10年以上の子どもを持つ夫婦の離婚の増加、その結果の母子家庭、父子家庭の増加などは、それぞれの家庭の相互扶助・養育機能の低下を招きつつある。もちろん、国や地方自治体の社会保障制度は進んだが、それだけではとうてい肩代わりしきれない現実がある。

 一方、急速なはげしい社会の変化は、それについてゆけない一群の弱者をつくり出した。高度経済成長期の繁栄の波に乗れなかった人びとは、一億中流意識の中で一層欲求不満や怨恨を感じるようになった。

 

P214 子供たちの将来

 虐待によって傷つけられた子どもは将来どうなるのだろうか?

 暴力は暴力を呼ぶという。小学生の少女が虐待をする親に毒物をのませて仕返しをはかった例もあった。日本でも外国でも少年少女の傷害や殺人事件の背後には虐待の影の浮かぶことが多い。何の関係もない老婦人を何十回も刺した米国の少女は、「自分をいじめた憎らしい人間の顔を思い浮かべながら刺した」と語っている。

 これほどひどい結果にならなくとも、暴力をふるう親に同一化して、自分も弱者を攻撃する乱暴者になり、その行動によりさらに疎外され、反社会的な集団に行きつくかもしれない。あるいは乳幼児期からの虐待、特に脳に加えられた傷害の結果、知能や言語の発達がおくれて、ハンディキャップのある人生を歩むかもしれない。つねにおびえ、萎縮し、他人の顔色をうかがい、他者のいじめを挑発する被害者になるかもしれない。人間や社会への不信の中に育った子どもが、将来愛郷心や愛国心を持つことが想像できるだろうか。

 いずれにせよ、社会が被虐待児を傍観し、無視すれば、将来社会の誰かがその負債を支払うことになるに違いない。いし地や茨の地に育つ幸うすい子に対して、社会の一人ひとりが一掬の涙と一言の励ましを忘れぬことも必要であろう。

 虐待の中でも、性的虐待の被害者はとりわけ悲惨である。外国の調査でも、その影響は長く続き立ち直れない例が多いという結果が出ている。